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2019/12/02

12月教育長想いを語る

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     手間と暇 そして本物へ

                   川辺町教育長  長谷川哲

 

 NPO法人『子どもの生活科学研究会』が子どもの生活技術に関する調査を行い、その結果が発表されました。

<玉子を割ることができる>

玉子を面に打ち付けて出来た割れ目を手前か下にし両手の親指を当て黄身を壊さずに割ることができるかどうか。

<タオル(雑巾)を絞ることができる>

竹刀を握る要領でタオル(雑巾)を縦に握り左右の手を逆方向にねじり、絞り終わると手の甲が上にくるかどうか。

<タオルでテーブルを拭くことができる>

きちんと絞ったタオルを適当な大きさに畳みテーブル上の障害物を動かして拭くことができるかどうか。

<お茶を入れることができる>

茶葉を適量計り急須に入れやかんの湯を指し、お茶を器に注ぐことができるかどうか。

出来た子の割合は次のように発表されました。(%)

 

 年中児

 1年生

 6年生

 中学生

 高校生

玉子を割る

 358

 429 

 754

 749 

 751

タオルを絞る

  19 

  64

 238

 182

 171

テーブルを拭く 

  94

 493  

 918

 818

 859

お茶を入れる

 -   

 107

 746   

 642  

 751

 年中から1年生へのわずか2年間で随分できるようになるものですし、1年生から6年生への増加も目を見張りますが、中学生までに身に付けておきたいと思わせる結果でもあります。さて実際を調査する場面で見られた事例として、玉子を割る場合、「割れ目を上にして人差し指で割り黄身がつぶれた」タオルを絞る場合、「鉄棒を握るように順手で持ってひねる横絞り」「団子状にして両手で絞る団子絞り」 などがあったようです。

 自立の第一歩は「自らの命を保つために食材を手に入れ調理して口に運ぶこと」と言われることもあります。玉子を割ることは調理の基本ですが、中高生になっても1/4の子どもたちは上手にできないようです。学校でも家庭科で調理を学習し玉子を割ることはありますが、家での経験の差が大きいことでしょう。それにしても大人になっていく子たち、大丈夫かなあ。茶葉を見たことがない子もいるようです。ましてや急須そのものもそうでしょう。お茶はテーバッグに湯をさして飲むもの、(湯をさすという表現は初耳かもしれません。)テーブルはテイシュペーパーにアルコールを湿らせて拭くものと理解している子も多いのではないでしょうか。

 簡単・便利・早いことは良いことですが手間暇かけることの大切さを忘れさせています。手間暇かけることは「面倒」「不便」「遅い」ものですが、智恵が伝承されていきます。生活上での考える力が付いていきます。手先指先を使うことによって脳が活性化されていきます。手間暇かける様子を見て感謝の心も育っていきます。そして何より本物を知ったり味わったりすることに繫がっていきます。手間暇かけて何時間も煮込み、幾つもの過程を経て出来上がったラーメンのスープに感激することもあるでしょう。お茶はペットボトルから飲むものと思っていたけれど、手間と時間の「間」をかけて飲むものを知る子もいることでしょう。インスタントでは味わえない、バッグでは味わえない本ものに接することは感動を呼び、心も活性化するように思います。

 本物の人(一流の人)に会う、本物の味を知る(回転寿司も良し、時には職人さんが握った寿司を食べてみる)、地図で見つけた本物の場所(現地)に出向いてみる、本物に触れる、本物に乗る(図鑑で見た乗り物に乗る)、本物を見る・聞く(ミュージカルや劇)などなど、こどもの頃にこそ味わわせてやりたいものだと思います。

 

冬至に向かい日は短く、寒さは募りジングルベルに気は急く12月。元気にお過ごしください。

 

(S君とベルマーク・その2)

S君の「明日からもベルマークたくさん集めよう」との班ノートに書かれた内容を学級に紹介後、持ち寄る子たちは増えてはきたが半数にも満たなかった。大多数は無関心な状態であった。しかし彼は毎日の結果報告はもとより、10分休みには分類して袋に入れ、昼休みは点数を電卓で計算するなど朝の会に始まって帰りの会に至るまで、授業時間以外のすべてをベルマークに費やしていた。当時の彼は1番になるという目標のためだけではなく(実際にそんな言葉も聞かなかったし、掲示にもなかった。)「これはぼくの仕事なのだ。」「こうするのはあたりまえだ。」との純粋で無意識のうちに動いていたのではなかろうか。打算もなければ見栄もない、彼の人柄がそうさせている。だからこそ響くのだ。しばらくしてU子が、こんなことを書いてきた。・・・・・・・・・・・・・・(次号へ)


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