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2020/11/09

【日進中】11月9日(月)日本講演新聞

Tweet ThisSend to Facebook | by 日進中学校管理者
あそびの中には 「学び」がいっぱい!
「いもいも」教室主宰/栄光学園数学科講師 井本陽久

 「学び」とは、「きっとこうやればうまくいくだろう」と予測して、それを実際にやってみて失敗し、また考え直す―この繰り返しです。この繰り返しを「試行錯誤といいます。試行錯誤には、ポイントが二つあります。
  一つ目は「失敗すること」です。人は、うまくいっているときは自分の考え方を問い直すことはしません。うまくいっていない時こそ、人は考え自らを問い直します。だから失敗することが必要なのです。
  ポイントの二つ目は、「自分のやり方でやる」「自分の考え方で考える」ということです。
  「こうなるんじゃないか」と自分で予測して、それがうまくいかなかったときは「自分の考え方・やり方のどこが悪いのか」と振り返ることができます。
  でも、誰かに教えられたやり方でやった場合は、それがうまくいかなければ、すぐにネットや教科書でやり方を探したり、人に聞いたりするだけになってしまうんですね。
  僕は、この「自分のやり方でやる」ということが今の子どもたちには抜け落ちていて、試行錯誤がなかなか起こらないと感じています。
  なぜなら子どもの試行錯誤に大人が手を出すからです。本来子どもは、大人が何も言わなくても自発的に試行錯誤します。その典型が「あそび」です。
 そして、実はこの「あそび」を通して学びの土台が培われます。
  小学4年生くらいで「速さ×時間=距離」という公式を習います。この公式を習った時に「なるほど」と腑に落ちる子は、すでにあそびの中でその概念を、五感を通して体得している子なのです。
  たとえば、子どもが石を投げて遊んでいたとします。「遠くに届けよう」と思ったら、子どもは自然に強く投げようとします。そこで、子どもは速さが距離に関係するということを体得しているのです。

  僕は教室の中でずっと授業を行ってきましたが、教室の授業の限界は、子どもにとって教室自体には何の魅力もないということです。
  だから、彼らのモチベーションを上げたり興味を引きつけたりするために、僕が見えざる手でコントロールすることになります。つまり自発をコントロールする時点で「自然」ではないのです。
  でも、野外に出ると子どもは各々引きつけられるものを見つけて、それにグッと没頭します。子どもにとって野外というのは、それだけであらゆる刺激がある場所なのです。
  僕は神奈川県の葉山で里山学校というものをやっています。そこで、先日6人の子どもたちを集めて「野外で遊びつくそう」という教室を開きました。
  僕が子どもたちに「こういう遊びをしなさい」と言うことはありません。何も指示されない子どもたちは、水道のホースで水を撒き始めました。それを見ていると、人に水をかけながら「ホースを上に向けるとどうなるかなぁ」「霧はどうなるかなぁ」と、自分たちで試行錯誤しているんです。
  そして、座っている僕に掛かるか掛からないかギリギリのところまで水を飛ばすにはどうすればいいのか。そんなことにすごく集中して遊んでいました。
  また、僕たち大人にとっては何でもない虫でも、「虫がいた!」と言うと子どもたちはすぐに見にきます。
  どんな色なのかとか、脚にはどんな毛が生えているのかとか、いろんなことを観察して考えます。こういったことが、すべて学びの土台になるのです。自発なくしては培われません。

  僕は、定期的に母を車椅子で散歩に連れて行くのですが、母は子どもが大好きなのでいつも幼稚園の見学に行きます。
  この前は、園庭にできた水たまりで子どもたちが遊んでいました。その中で一人の女の子がキラキラした表情で水たまりに手を突っ込んでいる姿が目に留まりました。
  きっとひんやりした水や、むにゅむにゅとした泥の感触がおもしろかったのでしょう。
  手を上げると腕に水が伝いました。これを繰り返すことで、その子は自然に重力や摩擦を体得していきます。
  さらに裾を捲ろうと汚れた手で洋服を触って、服が汚れてしまいました。でも、そんな失敗をしたりすることで「水を触る前に汚れていない手で腕まくりをしておけば服が汚れない」という段取りを学ぶと思うんです。
  水遊びひとつを取っても、そこにいろんな学びがあるということです。
  そうやって自分のやり方でやっている時の子どもは本当に生き生きしています。
  つまり、子どもの学びが生き生きするかどうかは「自分のやり方でやっているか」ということに尽きるのです。

まさに、私がいつも話していることと同じです。
「遊び」が学びの中心である!!
何んと「遊べない大人」の多いこと・・・・。
子ども時代に「遊んでいない」人が、大人になって「遊ぶ」ことは??
遊びの中で「失敗していない」子どもが多いため?
今学校現場で何が起きているのでしょうか??
「失敗が怖くて」チャレンジできない、経験の少ない?創造性のない?
中学生が増えてきている?気がしています。
みな同じような人間?きっと、細かいところでは「違う」のでしょうが?
「個性」のない?「個性」の薄い?人間の多いこと??
大人が子どもの心配をして「何が悪い!」と聞こえてきそうですが、
子どもの先回りをして「失敗させないように」しているのは大人です。
「失敗したら」子どもたち自身に取り換えさせようとしない?のも大人です。
可哀そうだね?と言ってあげることと、可哀そうだからと言って
大人が代わりをする?のとは違います。
今、その失敗が「中学校に来て初めて?」なのでは・・??という子どもが
増えてきました。大人になってから「初めて」よりは、まだ、マシですが・・・。
難しい時代ですが、
「子どもたちだけで遊ぶ!!」
「自分たちだけで解決させる!!」
そのために、親は「我慢する!!」
将来の日本を「担う大人」を育てる、一番の方法だと考えていますが?
如何でしょうか>

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