日誌


2017/08/31

8月31日(木)みやざき中央新聞

Tweet ThisSend to Facebook | by 日進中学校管理者
元世界チャンピオン坂本博之選手の話です。
有名な話ですので紹介します。

僕がまだ物心つく前に両親は離婚し、僕と年子の弟は母に引き取られました。
その後、母が夜の仕事を始めたため、僕らは福岡県の乳児院や児童養護施設で
お世話になりました。

5歳の時、僕ら兄弟は再び母に引き取られ博多に引っ越しました。
小学2年生の頃、今度は母の遠い親戚に預けられました。
この家がひどかった。
僕ら兄弟に与えられる食事は学校給食の1食だけ。
僕らは給食のパンや残り物を持ち帰り、川で釣った魚をもらったり、ザリガニやドジョウを
食べながら何とか生きていました。
おじさんからは毎日のように嫌というほどぶん殴られ、「もうこのまま死んじゃうんだ」と
思ったこともありました。

異変に気付いた学校が児童相談所に相談し、僕たち兄弟は福岡県東区にある
「和白青松園(わじろせいしょうえん)」に入園することになりました。
暴力の恐怖からの解放、そして朝昼晩の食事─。
その安心感の中でようやく僕らは温もりと安らぎを感じました。

小学3年生のある日のこと。
食堂でみんなが1台のテレビに群がり、「いけ~!」と騒いでいました。
「何だろう」と思ってテレビを観ると、まばゆいライトに照らされ、華やかな舞台で戦う
ボクサーがいました。
僕は衝撃を受け、「あの大歓声の中で試合するってどんな気分なんやろう」と思いました。
そして決めました。「よし、大人になったらボクサーになろう」と。

それから毎朝、園のグラウンドを走り、腕立て伏せや筋トレをするようになりました。
周りのみんなは笑いましたが、僕は真剣でした。
やがて母が迎えにきて、僕らは施設を出ました。
その時僕は「もう二度とこの施設には戻らない」と固く心に誓いました。
高校卒業後、東京都豊島区の角海老宝石(かどえびほうせき)ボクシングジムの門を
叩きました。プロデビューは2年後の1991年でした。

試合に勝ち続け、僕は新人王のタイトルを獲りました。その時にふと思い出しました。「そういえばボクシングと出合ったのは、あの施設のテレビの中だった」と。

そして、「あそこは二度と戻りたくないほどの忘れ去りたい場所だけど、夢と出合い、
僕ら兄弟の命を守ってくれた大切な場所だったんだ」と気付きました。
そしたら急に「あの施設はまだあるのかな?」と気になり出し、「またあの場所に行って
みたい」と思うようになりました。
行ってみると、施設はあの時のままでした。裏門に回ると、子どもたちが楽しそうに庭で
遊んでいました。小学5年生から中学生くらいの子どもたちでした。

僕は彼らに言いました。
「実は僕、以前ここにおったんよ。ここでボクシングと出合って、今はプロボクサーになって
タイトルも獲った。絶対チャンピオンになるけん、応援してな」と。
そして帰っていきました。
その10か月後、僕は日本チャンピオンになりました。
そしてまた施設に足を運び、今度は正門から入りました。

僕は子どもたちにチャンピオンベルトを見せて、「今度は世界ベルトを持ってくるからな。
おまえたちも応援してくれ。俺と一緒に戦ってくれ」と言いました。
子どもたちは目をキラキラ輝かせながら聞いてくれました。
その後、彼らとの文通が始まりました。
僕はやがて20戦目で初めて試合に負けましたが、そこから立ち上がることができたのも
あの子たちの手紙のおかげでした。
「1敗くらいなんや。兄ちゃんは世界のベルトを持って帰ってくるって言ったやん。
『つらい時こそ前に出ろ』って教えてくれたやん」と。

この子は家族への複雑な思いを抱えていて、「もう誰も信用できない。生きていたくない」
と思っていました。でも僕の試合を見て熱くなってくれたんです。
僕は以前、彼にこんな手紙を書いたことがありました。
「1歩でも半歩でもいい、とにかく前に歩き出せ。その先には必ず笑顔がある。
つらい時こそ前に出ろ」と。
「そうだった。僕が止まったらあいつも歩けなくなる」と思いました。
そうして僕は、敗戦のショックから気持ちを立て直すことができたのです。
2007年、僕はプロボクシング界からの引退を決意しました。
合計4度のタイトルマッチ戦を戦いましたが、あと一歩のところで世界チャンピオンには手が届きませんでした。

僕は「運命」という言葉が好きではありません。
もし生まれ育った環境を「運命」と思ったら、僕はボクシングの夢、ましてや
世界チャンピオンになる夢を追う人間にはなれなかったでしょう。
運命とは、突き進む人生の「先に」あるのではなく、突き進む人生と「共に」あると僕は
思います。そう考えれば運命は、自分自身でいくらでも変えることができます。
大切なのは「今この瞬間」です。
どんな境遇の人も、その人なりに一生懸命生きている。
だから疲れる時もある。
なので僕は「とにかく今一瞬やれ!」と言います。
今「一瞬」やって、1時間後にまた「一瞬」やって、また2時間後にやる。
その積み重ねが「生涯現役」とか「今を熱く生きる」ことにつながるんですね。

僕はそうやってずっと自分の「運命」と戦ってきました。
そんな「自分の運命に負けず生きていく」というメッセージを届けたくて、
今も全国の児童養護施設を回っています。

親愛なる日中健児のみなさん!
「運命」は決まっているものですか?
「宿命」とは、「運命」とどこが違うのでしょうか?
自分自身の考え方、行動で「切り開くことができる?」部分はあるのでしょうか?
あるとしたら、どの部分でしょうか?
「一瞬」たりとも、「同じ人間である」ことはできませんが・・・・・・・・・。
明日は始業式です。
しっかりと準備をして、登校してくださいね!
首を長くして待っています。
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