●総合幼児教育の教育理念と実践●

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五、幼児が熱中する遊びとは

遊びとは、「先生や友達とのかかわりの中で、意欲的、主体的に興味や関心をもち、身体をはたらかせて、周囲の環境や文化にかかわり、活動を創造し展開するはたらきの全体を言う」との解釈があります。
つまり幼児の「遊び」とは、決して自由奔放、好き勝手、野放図な気まま遊びということではないと確認しておきましょう。
ところで、一般的に「自由遊び」尊重の傾向がありますが、これとてもだいじな点は、子ども自身が自発的に参加した行動を通して、その結果に満足し、自らの行動を変えていくという教育的成長発達が保証されなければならないということです。
そのための機械として、例えば「自由遊び」はよしとするも、決してやみくもに自然成熟論的、自由遊び礼賛であってはならないということでしょう。
自由だから、戸外だからと、遊びの設定に限界があってはなりません.。例えば、子ども達がある種のゲームに打ち込むとき、ルールを守るという制限や不自由のなかでこそ創意工夫を凝らし、自己を燃焼するという喜びを感じとっていくのではないでしょうか。
一方で、あの幼い子どもたちだから、自由にのびのびでなければ、なにごとも自発的に、喜んで行動しないのではないかという、甘美な感傷的幼児観が、幼児の「遊び」の真価を見誤らせているのではないかと懸念されます。
子どもたちの「遊び」願望に応えるためには、自由でもよし、設定もよし、戸外もよし、室内もよし、個人であれ、グループであれ、集団であれ、その絶対的な条件は、子ども自信が自発的、積極的に行動ができる場の設定ということになります。
そこで、今育ちざかりの幼児たちにとって、共通の願望ともいうべき「遊び」の要素とは何か。どの子も熱中させずにはおかない意図的なはたらきかけの条件ともいうべきものとしては次の四つです。
1.模倣とにかく幼児はまねを好みます。「学ぶ」の語源は「まねる」とありますから、子どもたちは真似ながら学んでいくのです。
2.反復くりかえしです。同じことを何度も繰り返すことで、子どもは喜びます。なにごとも、繰り返しの多いところから吸収学習します。
3.競争人を押しのけて勝ちを競うというのではなく、これは刺激です。ゲーム的要素です。まわりの刺激には、敏感に反応します。
4.冒険何か新しいことへの挑戦を好みます。いま、できることをふまえて一歩前進。幼児は常に上向き、前向きです。
このようなことは決して知的な活動にとどまらず、言語、運動、音楽などのあらゆる教育活動、また生活習慣の指導に至るまで、なにごとも「遊び」の喜びに転じていく、総合的な幼児教育の組み立ての骨子にあたる要素であると心得ています。
 

六、集団の威力

(1)集団がそだてば個人も育つ
園においては、完全にひとりで生活している園児は、全くいません。
友達、もしくは教師と何らかのかかわりを持ち、互いに刺激を与え、そして受け、大なり、小なり集団として活動を行っております。
よい集団とは、構成するひとりひとりの子どもが、「いい声」「いい表情」「いい姿勢」をもっていきいきしていること。ここの表情がよければよい集団であり、よい声の集団にいれば、ひとりひとりの声がよくなるということです。
子どもは、ほかの人から誉められること、認められることを好みます。集団においてがんばれば、より多くのみんなが関心を持って認めてくれる。だから楽しさと同時に緊張もあり、それぞれが切磋琢磨されていくのです。
したがって、総幼研教育を実践するということは、子どもたち個々が育つことによって集団が育ち、また集団が育つことによって個々が育つということなのです。
(2)核家族化と仲間意識
子どもたちを取り巻く社会環境は、数十年前に比べて大きく変化しています。昔は兄弟も多く、近所に仲間集団もありました。親が一人の子どもを育てるのではなく、地域全体のすべての人達が、その地域の子どもたちを育てていました。
しかし、高度成長期以降、核家族化がすすみ、地域におけるつながりも希薄になり、子どもたちが街角で徒党を組んで遊んでいる姿も見かけなくなりました。
こういった社会拝啓のもと、現代っ子に欠けがちな集団生活の経験の場として、幼稚園・保育園の果たす役割は、非常に大きいものであります。
大勢の仲間がいれば、個人の勝手はそうやすやすとは通りません。だから子どもたちは自分勝手を抑えてルールにそって行動することを学びます。この集団との協調のなかで、ひとりひとりが自立し、社会性を身につけ、円満な人間として育ちます。
歌や合奏、運動会などの行事も、ひとりひとりの力が集団の力となって、ひとつの表現となる。またその過程の中で、友情といった仲間意識が相互にめばえる。集団生活で磨かれた個性や仲間意識は本物です。よい仲間集団を形成することによって、ひとりひとりのたくましい心とからだが育つのです。
(3)連帯感は心のひびき やる気を育てる競争原理

一斉保育では、ひとりでは出来ないが、みんなとやるから出来るようになる。(共体験)みんなとすることが、とても楽しい。できる子がいると、いつのまにかそれが努力目標になってきます。みんなが出来ることは、やがてひとりでも出来るようになる。
これが子どもにやる気を起こさせる原理なのです。

集団が個人を刺激し、またひとりひとりの意欲、欲求が刺激となり、仲間集団の高まりを促します。そして、同じ方向を向いて努力する大きな流れが 、仲間同士の連帯感を育むのです。また集団生活から、他者に対する思いやり、豊かな情操、協調性が育ち、ひとりの人間として自立していきます。感性豊かな音楽表現や創造的表現も、集団活動を通して体験しながら、自ら考え、工夫し、行動する人となります。
このように、子どもを導く原動力となるのは、愛情=自立、信頼=意欲であり、これらは教師や父母のかかわり方次第で大きく変わります。子どもの心の理解と、共感・共鳴が大きな力を与えるのです。
総幼研教育で積極的に毎日の日課としている、明るく、楽しく、くりかえすパターン学習がやがて本性に刻み込まれ、みんなと出来ることの楽しさを味わいます。
人間教育を木にたとえるなら、幼児期は根っこの教育。園生活体験を通して、6才までに人間としてのたくましさと賢さが育ちます。

 

七、幼児期は吸収性の高い時期 より豊富な知的環境を

3才・4才児は人間の一生の間でもっとも吸収力の高い時期で、暗記力の天才、記憶力の天才である。――したがってこの時期をはずすと素晴らしい能力は育たない。 何よりも豊かな環境、豊かな生活経験が必要です。

◎教育は0才から出発します。0才からの教育計画が必要です。

0才~3才まで―家庭での働きかけ―能力の差が出てくる。能力の差は遺伝ではない、親の子育ての差である。

3才~6才まで―園での働きかけ―ことば・音感・運動の繰り返し。(知性、感性を育てる)

6才は人間としての完成期―つきたての餅がかたまる時期(人の習性が出来てしまうので)その後の教育では形を変えることが困難である。

それはなぜか?―大脳生理学が発達し、6才までに80%の脳が完成するといわれる。もって生まれた140億の大脳の配線が80%出来あがってしまう(脳そのものの構造が出来あがる時期)―生活習慣・ことばの記憶などすべてに型はめの必要な時期である

◎3才~6才児には集団活動の刺激が必要である。
集団での保育形態には自由保育と一斉保育がある。

◆自由保育、のびのび保育は戦後の遺産―必ずしもよい面ばかりではない。幼児期の自由は実際には放任保育になる、どうしてもわがままな行動を許してしまう。気まま勝手を育てることになる―その結果集団での規律が乱れ、なかなか統一が取れない。

◆一斉保育には規律がある―集団生活は不自由な生活体験の場。
自由や気まま勝手は許されない―不自由のなかの自立が個性、創造性を育てる―不自由な生活体験から我慢を知る。

◆意思の強い子―我慢のできる子
子どもの欲求不満は、与えられないことから生ずるのではなく、与えすぎから生ずることが多い。―我慢は3才までに―理屈のわからぬうちに


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