前新日本宗教団体連合会
大阪事務所所長
元WCRP日本委員会特別会員
生田 茂夫


「鏡の中のあなたと私」

 思えば1982(昭和57)年4月、新日本宗教団体連合会(新宗連)に奉職して間もなく、当時のWCRP日本委員会の人権部会(後の人権委員会)に役務として就任して以来、2012(平成24)年4月の公益財団法人移行まで30年間にわたり、その任を務め、公益財団法人移行後も、活動委員として名を連ねていましたが、新宗連退職に伴い、先ごろ退任いたしました

 名前だけで、日本委員会の活動に貢献することもほとんどなかった私ですが、貴重な紙面をお借りいたしまして、長年にわたりご指導、お導きくださった尊い先達の方々をはじめ、諸先生に心より深く感謝を申し上げる次第でございます。

 さて、今回、会報の「こころの扉」に原稿を書くよう言われ、私の好きな言葉「開け心が窓ならば」を思い出しました。この言葉は、解放出版社から1983年ごろに出版された書物の題名です。当時、読売新聞大阪本社で連載された『窓』欄をまとめたものですが、これは部落差別などで苦しむ人々の投書をもとに、記者が応答しながら記事を書くというもので、大変人気を博したコーナーでした。

 このコーナーを担当した二人の記者の方と、解放出版社の編集者と知り合いでもあり、その方々とお話しする中で、改めて差別というものが人の心を傷つけるものであるということを、ひしひしと実感したものです。

 そんな頃、日本委員会の人権部会のメンバーに加わったのです。当時は、WCRPプリンストン大会での部落差別発言事件により、日本委員会のみならず、日本の宗教界・宗教者のもつ差別性が、部落解放同盟から鋭く糾弾、指摘されていたときでした。1984年のナイロビでの世界大会を間近に控え、宗教者に問われた課題、責務を明らかにするとともに、うわべだけの反省だけでなく、宗祖、開祖、教えの原点に立ち返って宗教者が主体的に差別の問題に取り組むことが求められていました。

 したがって、人権部会の会合も必然的に頻繁に開催されました。私も一人の人間として問われているのだから、役務とはいえ、会合には必ず出席し、積極的に発言したことを思い出します。振り返るといろいろなことが頭に浮かんできますが、口では何とでも言えるのだが、「心の扉」をきちっと開いて語ることは、なかなか難しいものだと実感したことも懐かしい思い出です。

 これからの与生(余生ではありません)は、賛助会員として日本委員会への活動にいささかなりでもかかわってまいります。

(会報4月号より)

 

 

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