いじめや虐待は「犯罪」である。
そんな視点から子どもに向けて法律を解説した「こども六法」という
書籍の著書、教育研究者の「山崎聡一郎」さんは、自分自身の「いじめ被害」
の経験を元に本を書きました。
その山崎さんは、いじめの影響で、私立中学校を受験するしかなかった時代を
振り返って、当時を「いじめていた子たちよりも勉強をして、いい大学に行って、
いい会社に就職する。ゆがんだ動機かもしれませんが、そう思わなければ
やってられなかった!」と言っています。
今は、加害者への憎しみもほとんどないそうですが・・・・・・。
しかし、そのいじめがなければ「今とは違う別の人生があったかも?しれない。」
と考えるときはあるそうです。
「もし、いじめがなかったら、いじめられなかったなりの人生があったかも?しれない」
もちろん当時努力して得た学力や学歴は、今の自分に役立っている」と考えているそうです。
ただ、「私には平和に楽しめる学校生活がなかった。」と未だに考えるそうです。
日進市の中学校が荒れていた時代、何度もぶち当たった考えが、
この「平和な学校生活」という言葉です。
「誰もが・・・・・・・・・・・・」です。
いじめっ子が「平和な学校生活」を送って、いじめられている子が「平和な学校生活」
を送れない!?そんな不合理があっていいのか?????!!!!!
いつも、心の中を駆け巡っていた言葉です。
これからの未来を担う子どもたちに、「平和な学校生活」を保障してあげる!!
これが、私たち教員に科せられた最小限の任務なのだと信じています。
「平和で、落ち着いた学校」は当たり前に見えて、当たり前ではない!
そんなことは、学校現場に勤めている教員のみなさんは分かっていますよね!!
今目の前の学校は「平和?」に見えていても、すぐ隣の市町の学校や
日本中のどこかの学校では「平和を脅かされている子どもたち」がいるかもしれない?
そんなことに「気持ちが及ぶ」教員であってくださいね!
がんばれ!!教員!!そして、大人たち!!