私は若い頃に肺結核を患い、高校を2年で退学して3年間の闘病生活を送りました。
これには正直言ってまいりました。みんな高校を卒業して大学に進学していくのに、260人ほどいた同級生の中で、私だけが肺結核を患って闘病していたのですから。
入院中、病院の外を歩いている健康な人たちを見たときに、それができない私は「あの人たちは、自分が散歩できることの幸せなんてあまり感じていないんだろうな」と思いました。「歩ける」、ただそれだけのことが、とても幸せなことに思えたのです。
そして、「お金や地位があることよりも、一生健康で暮らせたらそれ以上に素晴らしく幸せなことはない」と思ったのです。これが私の経営の原点になっています。
それからいろいろな経緯があって、21歳の時に伊那食品工業の経営者の立場に就きました。そのときに思ったのは「社員の健康を一番に考える人になろう」ということです。
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「会社とは何のためにあるのか」と考えるときに、「大きくなるため」と思い込んでいる人が多くいらっしゃいます。つまり「成長」ということです。
もちろん会社がどんどん小さくなっていったら倒産してしまいますから、大きくなることも大事です。しかしそれが「目的」になってしまっているところに問題があるのではないかと思うのです。
私が経営者の立場に立って60年以上が経ちました。最初の10年はモタモタしていましたが、その後の50年は右肩上がりの「年輪経営」を実現してきました。
「年輪経営」とは、いい時も悪い時も無理をせず、確実に低成長する自然体の経営のことです。木の年輪のように少しずつではありますが、前年より確実に成長していく。この経営こそ、私の理想とするところです。
そして、「会社は、社員を幸せにするためにある。そのことを通じて、いい会社をつくり、地域や社会に貢献する」。これが私が長い間考え続け実証してきた結論でした。
そのために私が何か難しいことをやったように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
私は自分でも感心するぐらい、ブレずにずっと「いい会社をつくりましょう」と言い続けました。この「ブレない」ということが、実は大事なんですね。
「いい会社」であるためには、まず社員が幸せを感じる会社でなければいけません。そこで考えたのは、「会社の業績が常に右肩上がりであれば、社員は幸せを感じるのではないか」ということです。
そんなふうに右肩上がりになるための条件の一つは「社員のモチベーションが高い」ということです。
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では、どうやって社員のモチベーションを上げるか。
私はモチベーションを上げるためのテクニックは使っていません。たとえば、何かいい提案をしたらお金をあげるとか、いいことをしたチームを表彰するとか、これらはみんなテクニックだと思っています。
本当に社員の幸せを考えるならば、社員の健康を気遣い、その人が一生を通じて後悔のない職場になることが大切だと思ったのです。
そのためにまず、「三交替制の勤務はやらない」と決めました。2005年の寒天ブームの際、当社では初めて三交替で工場を24時間稼働させました。需要の急増に対応するために社員が自発的に実行してくれたのですが、体調を崩す社員が出てきたので止めました。
三交替で生産性は上がるかもしれません。それでも、社員の健康や幸せを考えるならば、深夜労働は避けるべきだと考えたのです。
また、ノルマ経営につながる危険性があるので会社を上場しないことに決めました。多くの上場企業が、今期の利益予想などを発表します。でも、いったん発表するとそれを達成しなければなりませんから、会社は社員にノルマを課すわけです。
これは経営者にとっては当たり前のことと思うかもしれません。しかし私は、ノルマを課すことは社員の精神的な健康のためにはよくないと考えたのです。
それから、社員全員をがん保険に入れたり、会社が費用を負担してインフルエンザの予防注射のためにお医者さんに来てもらったりしています。経費はかかりますが、社員のモチベーションが上がってみんなきちんとそれに応えてくれます。
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これは自慢話ですが、うちは会社の自動車や電動工具など、勝手に家庭へ持ち帰って使っていいことになっています。それでも、貸し出したものが戻ってこなかったことは今まで一度もありません。つまりお互いの信頼関係ができているということです。
また、会社の敷地内にはたくさんの樹木があるため、落ち葉や枯れ枝で汚れやすいです。
しかし、社員のみんなが毎朝自主的に掃除をしてくれるおかげで、いつも綺麗な状態に保たれています。雪が降れば社員は早めに出社して、みんなで雪かきをしてくれます。
私が「そこまでやらなくてもいいのに」と思うのが、休日の掃除です。風が強く吹いた翌日などは、休日でも社員が何十人か出てきて掃除をしてくれているようです。
それだけ社員のモチベーションが高く維持できているということだと思っています。
そして私も、「この社員たちにどうやって報いるか」ということを常に考えています。少なくとも社員が退職するときに「我が人生、よかったな」と思えるような会社にしなければいけないと、いつも考えているのです。