被災者の感情を考慮して「写真撮影は止めて!」ください!と言われましたが、
被災者宅を除けば、「教員」として、話のために・・・であれば!!
と許可をいただきました。
第2日目に倉敷市真備町の「小田川」決壊現場のすぐ横の家庭にお邪魔しました。
良く、家が流されなかった?
決壊の順番が、3回アリ、川の流れが変わったそうです。
しかし、家は「全壊?だそうです。
家の骨組み以外は、あとは、泥だらけ。
その泥の掻き出しをしました。
日の当たっている泥は「パリパリ」で、
日の当たっていない泥は「ドロドロ」で、とても重く家族だけでは・・・・・・・
5人グループの2組、合計10名でその家庭のボランティアをしましたが、
みんなよく働きます。
その働き過ぎから「熱中症」にならないよう、
リーダーとタイムキーパーを決めて、20分働いて10分休憩という基本線がありました。
午前10時くらいから、午後3時30分までくらい!!
丁度、大阪の消防団の「新人研修?」のために、若い消防士もたくさん見えていました。
さすがに、自衛隊、消防団は統率が取れていて「災害時」には頼りになる!
と地元の方も喜んで見えました。
私と一緒にボランティアをした方がも、
仕事を休んで・・・・
部活の休みを利用して・・・・・・
等、立派な方が多くみえました。
最近の若者は??と言われますが、
被災地の方々を思う気持ちは「若者のほうが!!」
帰りの新幹線では「宿題をしながら!!」
その他の人は、「明日から仕事です!」と言って見えました。
岡山市の方は、これだけ県外の方がボランティアに来ているのに
「隣の市町の人ではなく、やはり、意識の高さかな?」と嘆いていました。
その岡山市の方は、東京での仕事を辞めて、今回の震災を機に地元に
戻ってきた。現在、無職で「ボランティアを毎日行っている!」と言っていました。
何はともあれ、全国から「こんなにも多くのかたがボランティアで!!」
家もなく、職業もなくし「どうしてよいのか?」
そんなとき、やはり「お互いさま!」でいたいものですね!!
よろしく!!日中健児!!
現実は、農業をしていた方は「スーパーのパートを始めた」とか、
言っていました。
被災者の裏が、特別支援学校でしたが「泥だらけで、復旧の見込みが???」
という状況でした。
また、35年間「水害の保険」に入っていたが、もう良いだろうと「止めた途端」
水害にあって、保険が下りず「茫然自失」・・・・・という方もいました。
床下浸水と床上浸水との大きな違いなど、
学ぶところが多いボランティアでした。
ありがとうございました。