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2020/03/18

3月18日(水)苦しみや悩みにこそ意味がある

Tweet ThisSend to Facebook | by 日進中学校管理者
魂の編集長 水谷謹人
 電池で動くおもちゃのロボットがあるとする。誰かが電池を入れてスイッチをONにする。ロボットはガーガー音を出しながら動き出す。今どきそんなおもちゃで遊ぶ子どもがいるのか分からないが、もしそのロボットに意思があったらどうだろう。
  「俺はぬいぐるみと違って動き回ることができる」と得意になるかもしれない。本当は自分で動いているわけではないのに。自分を超えた別の存在がいて、その存在が電池を入れて動かしているのに。そのことに気付く日が「彼」に来るだろうか。
  『ぼくの命は言葉とともにある』(致知出版社)の著者・福島智(さとし)さん(57)は、ある極限状態の苦悩の中で「自分はなぜ生きているのか」と問い続けた。そして長い思索の旅の途中で「自分は自分の力で生きているのではない」ことに気が付いた。「明日までの命です」と告げられもせずに突然の事故や災害で亡くなる人もいる中、自分は今生きているという事実。「何者かが自分を生かしているに違いない」と思えてきたという。
  この本は今月、兵庫県尼崎市にある小林書店から送られてきた。「本の頒布(はんぷ)会」といって、年会費を払うと店主・小林由美子さんの選書が毎月1冊届く。読みたい本は自分で選ぶのもいいが、人が勧めてくれる本の中に、案外人生が揺り動かされるような出会いがあったりするものである。
  その福島さんの本には「極限状態」という言葉がよく出てきた。彼は、原因不明の病気で3歳の時に右目、9歳の時に左目の視力を失った。それで小学生の頃は、音楽や落語を聴くことに楽しみを見出していた。
  中学生になると今度は右耳が聞こえなくなった。高校は盲学校に進んだ。2年生の冬休みに左耳が徐々に聞こえなくなり、3か月後、最後の聴力が途絶えた。
  見えない、聞こえない―そんな障がいをもった人を「盲ろう者」という。今日本には約2万人の盲ろう者がいるそうだ。
  その状態を福島さんはこう説明する。「単に見えない、聞こえないというのではなく、自分の存在が自分で認識できない。自分がこの世界から消えてしまった感覚です」と。
  「こんな状態で生きていく意味があるのか」―18歳の福島さんに苦悩の日々が始まった。後にSF作家・小松左京の小説にハマった彼は、自分の極限状態をユーモラスにこう考えるようにもなった。
  「宇宙探検に行って事故に遭遇し、無人の惑星に不時着する。宇宙船には食料も酸素もあり、通信機器も使えるが、太陽光が届かないので真っ暗闇、しかも音もない。そんな星に一人残されてしまったようなもの」
  「置かれた環境が様々な制約を受ける中でも、人間は生きがいや楽しみを味わうことができるのだろうか」―それが福島さんの人生のテーマになった。
  盲学校卒業後、大学に進学した。クラスメイトは福島さんの存在に衝撃を受け、彼と話がしたくて皆、指点字[※読み手の左右3本ずつの指(人差し指、中指、薬指)を点字タイプライターの6つのキーに見立てて指に直接打つ方法]を覚えた。
  ある日、その中の一人から、点字に訳された吉野弘の詩「生命(いのち)は」をプレゼントされた。
  「生命は/自分自身だけでは完結できないように/つくられているらしい」という出だしだった。そしてこんな内容が続いた。
  花はめしべとおしべがあるだけでは不充分で、そこに虫や風が訪れて初めてめしべとおしべは、自分たちの存在を確かめ合う。誰も自分が誰かの欠如を満たす存在であることを知らないし、知らされていない。お互い無関心な間柄かもしれない。しかし、知らないうちに「私」は誰かの欠如を満たしている。誰かが「私」の欠如を満たしてくれている。世界はそのように「他者の総和」で構成されている、と。
  読みながら福島さんの指が震えた。こんな自分が生きていくことで、周りの人が「虫」や「風」になってくれる。自分はただ生きているだけで誰かの「虫」、誰かの「風」になれる。そう思えてきた。
  「今も苦悩の日々です」と福島さんは言う。しかし彼は「苦悩にこそ意味がある」と考える。「何者かが自分に苦悩を与えているのだろう。その苦悩は自分以外の誰かの命を輝かせるためにどうしても必要なものなのだろう。それが使命なら果たさなければならない。それが運命ならくぐらねばならない」と。

なかなか、「深い話」ですね。
「生かされている!」
人間という小さな存在が、自分で生きているという傲慢さ。
結局、自分の意志ではどうにもならないことが世の中には多く?ほとんどで?
そのどうにもならないことは、「何らかの意味があるのでは・・・・」と
私も考えるようになってきています。不思議なことの多い世の中。
その「意味」を考えるのが楽しくなってきました。
これも、年齢を重ねることで身に付けたもの?なのかもしれません。
その「意味」は、今生きている自分に与えられた「課題」でもあるのです。
生きている間に、クリアしたいものですね!
本日の「公立高等学校の合格発表」の結果も、あなたにとっては「意味」が・・!
まずは、その結果を受け止めたいものですね!!
がんばれ!!日中健児!!

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