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2018/08/20

8月22日(水)トップの器以上にその組織は大きくならない

Tweet ThisSend to Facebook | by 日進中学校管理者
今から30年以上も前の話ですが、ある庖丁屋の旦那にこう言われたことがあります。
「板前さんの修業の厳しさは、今の日本では相撲界の厳しさに次ぐよね…」
21歳になってから板前修業をスタートした私は「一日も早く一人前の料理人になって、
自分の料理を提供したい!」と強く思いました。
そのためには「他人の3倍は頑張って努力する」。
寸暇を惜しんで学んでいこうと決めたのです。
洗い物をしながら、料理長や先輩達の調理技術を盗み見て学ぶことはもちろんですが、
「俺だったらこうするな・・」と、常に自分が料理長となった暁のことをイメージし、
確実に一つ一つ修得していきました。
他人に伝えられるレベルの理解をすることを目指したのです。
意識が高いですね!
もちろん時には、親方や先輩からの理不尽な仕打ちに遭うこともありましたが、
夢に向かって我慢し、12年間、10箇所の板場(厨房)でさまざまな経験をし、
多くの勉強をさせて貰いました。
33歳の時にそういった板前修業を終え、師匠から板長(料理長)に出世させて貰いました。
明治・大正の時分には、調理場の責任者のことを、敬いの心を込めて「板前さん」と
呼んでいたそうです。
今は「料理長」あるいは「調理長」と称します。
私も、積年の夢が叶って料理長となり、誇らしい気持ちになれたことを思い出します。
さてさて、いよいよここからが料理人人生における「本格的な修行」の始まりです。
その最初の店は、東京銀座8丁目の「阿伽免(おかめ)」という、新規開業の会席料理店
でした。

天下の東京銀座の割烹カウンターに立つことになったのですが、
「田舎者の俺に、満足にお客様対応が務まるだろうか?」
「信頼して起用してくれた師匠の顔を潰すことにでもなったら?」など、
直前までさまざまなプレッシャーに押し潰されそうになったことを、
懐かしくほろ苦く思い出します。
割烹カウンターのことを、「サラシ」と称しますが、まさに「さらし者」にされる、
丸裸にされる怖い舞台でもあります。
教員も、子どもたちの前、保護者の前に立つとき「さらし者」ですね・・・・。
すべてを丸裸にされても、「そのままの自分」で勝負できる自分を!!

それまでの12年間の板場修業は全て裏方仕事でしたから、初めてのカウンター仕事です。
取り繕いもごまかしも全て見透かされ、大恥をかきそうでとても怖くなりました。
料理人として大きく脱皮を迫られた3年間をここで過ごしました。
その先の調理師人生を歩む上で、実に有り難い貴重な経験となりました。
「阿伽免」の女将さんは、その以前に40名余りものホステスさんたちを抱える銀座でも
指折りのママさんでした。
銀座で26年間にも渡って経営してきたという、いわば超凄腕・接客業のプロ中のプロです。

開業して1か月ぐらい経過し、女将さんともようやく少し気心が知れてきた時期のことでした。
「板長も、板長を訪ねてくるお友達も、みんなとても厳しい表情をしているよね…」
そう言われたのです。
私は「当たり前ですよ、ナヨッとした板前で腕の立つ奴はいませんから・・」と、
心の中で呟きました。
すると、まるでその呟きが聴こえたかのように、女将さんの言葉が続きました。
「料理人は技術職だけれど、私たちの仕事はお客様相手の『サービス業』よね。」
凝り固まった頭をハンマーで思いっきり殴られたようでした。
それまで厨房の中では、調理力だけ鍛錬していたようなものでした。
しかも調理人とばかり付き合ってきたような人生でしたので、
「職人は寡黙」が当たり前!!、
熟練の技を会得した先達の方々は、まるで笑えば損するとでもいうような難しい顔をして
働いていたように思いますから・・・。
でも、割烹カウンターでの仕事は、笑顔の接客とおもてなしの接遇が強く望まれる、
「サービス業の最前線」です。
私自身の真の料理人修行・人生修行は、まさにここから始まったように感じます。
天与の食材を使って美味しい料理を仕立てるだけではなく、
「お客様を上手に料理する」ということも、
接遇のプロフェッショナルである女将さんの直伝で、柔らかく優しく
教授して頂いたように思います。
う~ん
いろいろな意見もあるとは思いますが、
教員もある意味「サービス業?」なのかもしれません。
だれも、難しい顔をして立っている先生を期待していないだろうから・・・・・。

そんな頑固頭の私の遅々とした成長を、辛抱し、我慢し、温かく待って、そして見守って
頂きました。
料理長となってからの人生修行の始まりに、女将さんという、実のおふくろの次に
影響を受けたと感じるほどの出会いに恵まれたのですから、私は本当に運のいい果報者
だとしみじみ思います。
大企業のトップや、社会的肩書きが立派な方々と、カウンターを挟んで本当に近い距離
で向かい合うのは、この職業ならではのことだと思います。
最初は怖かったですが、いつの間にか「人間ウォッチング」の出来るなんとも楽しい仕事
だ!!と感じるようになってきました。
どんなお客様も決して侮ってはいけませんが、必要以上に怖れることもないのです。
お客様の前に立つ仕事の中で感じたことは、
「世の中には肩書きが偉そうな人はいっぱいいるけど、本当に偉いと感じる人はとても
少ない」ということです。
「食への向かい方が、その人の人格を隠れなく表す」と思います。
飲食店に来店するお客様の中には「客である俺様はカミサマ、当然わがままは許される
べきだ」と勘違いしているように感じる、横柄な態度の方が結構います。
まさに、われわれ教員も「先生!先生!」と言われて勘違いしてしまう時期?人?も・・・・。
恥ずかしいことに、私もお客様の立場の時にはそんな感覚になってしまいがちです。
心したいものですね!!
しかし、飲食店で働く私達も同じ人間です。
どんな場合でも、相手を慮ることができる人、相手を尊重することができる人、
そんなスマートなよきお客様であって欲しいと思います。
「トップの器以上にその組織は大きくならない」という言葉があります。
肩書きの立派な方であっても、食への向かい方が下品だと、哀しくなります。
その組織の程度と品性が疑われるように感じますから・・・・。
学校現場も「信頼」が大きく教育に反映します。
その学校現場の「品性」「程度」が疑られるようでは・・・・・・・。
下品でないように!そして、自然である姿が「信頼」に結びつくような品性を備えたい!
そんなことを感じる記事でした。
みなさんは、どう感じましたか?
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