サンマーク出版 チーフプロデューサー 斎藤りゅう哉より
私はサンマーク出版で編集の仕事を二十数年してきました。入社したのは1990年代の半ばです。
その頃は世紀末に向かって何となく世の中に不安が広がっていて、見えない世界に対する興味の高まりから一種のスピリチュアルブームが起こりました。
サンマーク出版も、当時はそういった見えない世界に関する本をよく出していました。私自身もスピリチュアルや見えない世界が好きでしたから、自分の好きなことと仕事が一致してこれまで楽しく働いてきました。
そのスピリチュアルブームも下火になってきた頃、私は日経新聞に掲載された、稲盛和夫さん(現・京セラ株式会社名誉会長)が仏門に入られるという記事を目にしたのです。
稲盛さんは当時から経営のカリスマのような存在でしたので、「そんな人が自らの心を磨くために仏門に入るなんてすごいな。この人の本を絶対出したい!」と思い、その年に私は稲盛さんの本の企画書を出しました。
紆余曲折あって、その本ができるまでに7年くらいかかりました。それが2004年に出た『生き方』という本です。
おかげさまでロングセラーとなり、現在134万部を突破しています。中国では400万部、海賊版はおそらく2千万部ほど売れているそうです。
夜になると露店で海賊版が売られていて、出版社もそのことを自慢げに言うのです(笑)。考えようによっては中国では合わせて2400万人の人がこの本を読んでいるということになります。
そこまで多くの方に広まると、人類の意識を変えてしまうほどの影響力を感じますし、稲盛さんの哲学に惹かれる人が多いということがわかります。
そして、2019年6月に出たのが『心。』という本です。『生き方』が出てから5年くらい経った頃、「次の本を出したい」と稲盛さんからご連絡があって、八重洲にある京セラの東京本社で打ち合わせをしました。
それまで、稲盛さんは会計学や経営に関する本、考え方や生き方についての本を出していたのですが、それとは全く違う内容にした上で、タイトルを「心。」にしたいとのことでした。
ほかでもない稲盛さんご本人からのご提案だったので、すぐに企画が立ち上がりました。
けれどそれからまもなくして、稲盛さんは経営破綻したJALを再生するためにJALの会長に就任されることになったので、その企画は一旦お蔵入りになりました。
当時稲盛さんは、京セラの第一線から離れて、「盛和塾」という経営者のための塾や執筆活動へ活動の重心を移されていました。
JALが経営破綻して会社更生法が適用された際、プレパッケージ型という方式がとられ、業務が停止することはありませんでした。
しかし、世間からは「二次破綻はまぬがれない。誰がやってもほぼ再生はできないだろう」と言われていました。
もしここでJALの再生が失敗したら、今まで稲盛さんが言ってきたことや教えてきたことの全てが否定されてしまいます。周りの人からは「晩節(ばんせつ)を汚(けが)すことになるからやめたほうがいい」と言われたそうです。
それでも稲盛さんは、「JALが無くなると航空業界の大手は全日空だけになって、競争原理が働かなくなってしまう。それは消費者のためにならないし、何よりもJALの社員のためには意義がある仕事だから」と思い、誰もやりたがらない仕事だからこそ、自らやろうと決断したのでした。
稲盛さんは、「自分は素人だから航空業界の難しいことは分からない。自分にできることは社員の心を変えること」だと考え、最初に取り組んだのがリーダー教育でした。
JALの幹部社員を集めてセミナーを開き、稲盛さんが直接壇上に立って指導されることもありました。
そこで稲盛さんは何を語ったか。それは「人間たるもの嘘をついてはいけない」「人間たるもの正直でなければならない」そういった、小学校のときに道徳の授業で教えられるような、人間としての基礎・基本となる話でした。
最初、幹部社員から「何でこんな幼稚な話をわざわざ聞かなくちゃいけないんだ」とたくさんの反発があったそうです。しかし続けていくうちに、「自分たちは人間として大切なことができていなかったからこういう事態になったのだ」ということに思い至る人が増えて、段々と幹部社員が稲盛さんに対して心を開いていったといいます。
そして、稲盛さんの考えに共鳴する社員が増えれば増えるほど業績が上がり、改革を始めた1年目からJALは一気に劇的な回復をして優良企業になっていきます。
社員一人ひとりが、自分の都合や欲得よりも会社にとって何が大切かを考え、当事者意識を持って取り組んだ結果が利益につながり、「奇跡のV字回復」を実現できたのではないかと私は思っています。
私も稲盛さんの「生き方」という本は読んだことがあります。