幕末の京都は政局の中心でした。
「尊王攘夷」「勤王」などのいろいろな政治思想を持つ「各藩」の浪士
が潜伏し、活動していました。最初は朝廷に上手に近づいた長州藩が勢力を持って
いましたが、「会津藩」「薩摩藩」による「8月18日の政変」で長州藩は失脚
しました。
この時点で「公武合体」が主流となっていました。
そこで、「尊王攘夷」派が勢力挽回を目論んで「京都守護職」は「新選組」を用いて
京都市内の警備や捜索を行わせました。
現在の「香港?」「台湾?」などに「中国?」が・・・・・。
という状況と似ているのかもしれません。
何事も、「意のままに動かそう」とすると、心配で心配で
「警備」を強化したり、「捜査」を強化したりしなければ、
安心できなくなります。
学校現場も「子どもたちを信頼できなくなると」心配で心配で
「指導」を強化したり「きまり」を厳密にしたりしなければ、
安心できなくなります。
家庭でも、地域でも、社会でも構図は同じです。
1864年池田屋襲撃事件の日です。
お互いに信頼できる「学校づくり」「家庭づくり」「地域づくり」
そして、「社会づくり」に向けて心を一つにする一日になれば幸いです。